平安時代の人口

平安時代の人口はどれくらいだったのでしょうか?

平安時代の人口はどれくらいだったのでしょうか?

現在の日本の人口は、およそ1億2700万人ですが、平安時代にはどれくらいの人が日本に住んでいたのでしょうか?

 

平安時代の人口にはさまざま説があり、実ははっきりとした数字は分かっていません。

 

しかしながら、おおよその推移といった部分については前後の時代から推し量ることができます。

 

ここでは平安時代の人口がどれくらだったのかということについて、掘り下げて考えてみたいと思います。

 

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時代別の人口推移を見てみましょう

平安時代(794年〜)の全人口はおよそ500〜600万人と言われています。

 

とは言えこれはあくまで推測に過ぎず、さまざまな研究者が当時の人口に関する論文や書籍を出しており、正確な数字は判明していません。

 

時代ごとの推移について見ていくと、奈良時代(725年〜)の人口はおよそ450万人、奈良時代以前は80万人と言われています。

 

つまり、奈良時代になるまでには爆発的な増加があったものの、奈良時代から平安時代までは50〜150万人程度しか増えていないことがわかります。

 

つまり、平安時代というのは「人口の頭打ち」があった時代、というふうに考えることができるでしょう。

 

原因はさまざまですが、西日本を中心とする「大干ばつ」と、「班田収授制の崩壊」などが人口増加に歯止めをかけていたという説があります。

 

まずは、大干ばつによって農業が大きな痛手を負い、食べ物を手に入れるのが困難になりました。

 

そして、班田収授制の崩壊により、農民達が畑を幕府に返還することになります。

 

これらが原因で、一般庶民は食糧難に陥ることになり、生活自体が困難になったと推測されます。

 

その結果、多くの人が若くして亡くなったことで人口が増えなかったと考えられます。

 

ちなみに、1192年に鎌倉幕府が設立され、鎌倉時代の到来となるわけですが、794年から1192年の間に増えた人口はおよそ200万人です。

 

400年もの歳月があったにもかかわらず、人口がわずか200万人しか増加していない平安時代は、いかに庶民の生活が苦しかったのかが想像できるかと思います。

 

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平安京に住んでいた人の数は?

平安時代の中心都市といえば「泣くよウグイス」でお馴染みの平安京です。

 

平安京は現在の京都府に位置しており、およそ12万人の人々が暮らしていたと言われています(こちらも諸説あるので数字は予測の域を出ません)。
平安京で暮らしていた人々は、地方に住む一般庶民に比べるとそれなりに裕福だったと言われています。

 

その最たる存在である貴族に関しては、およそ1600人が生活していたとされています。

 

また、官人も含めると12000人以上になるとされ、身分の高い人々が平安京で暮らしていたことが良く分かります。

 

実はあまり記録がない平安時代をどのように調査した?

さて、ここまで平安時代の人口について書いてみましたが、研究者の方々はどのようにしてこの数字を調べたのでしょうか?

 

実は、奈良時代にはなんと戸籍簿というものが存在しており、実際にそれが発見されています。

 

これを調べればおおよその人口を推測することが可能となります。

 

しかし平安時代に関しては実はこうした記録がほとんどないのが現状のようです。

 

平安初期のころまでは残っているのですが、律令制が廃れ、有力貴族が荘園制を打ち立てたことにより、戸籍が作成されなくなってしまったことが原因のようです。

 

そこで利用されたのが「和名類聚抄」や「拾芥抄」という当時の辞書・百科事典に記載された田積数です。

 

これを基に平安京周辺に住む人々の数を数え、さらにそこから全国的な人口を計算し、さらにその後の歴史的証拠なども加味したうえで総人口を推定したようです。

 

ただし、この資料についても正確なものかどうかは分かりません、

 

その他にも人口調査の方法や考え方というのはいくつも存在するらしく、大きな資料の発見でもない限り、決定的な数字をはじき出すことは難しいようです。

 

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