平安時代の平均寿命

平安時代の平均寿命はどれくらいだったのか

平安時代の平均寿命はどれくらいだったのか

現在の日本は世界有数の「長寿国」として知られています。

 

今や日本人の平均寿命は男性が「80.21歳」、女性が「86.6歳」となっています。

 

医療技術の進歩により、性別に関わらず80歳以上生きられるようになったのです。

 

しかし、今から1200年前の「平安時代」の平均寿命は、現代人の半分以下でした。

 

なぜ、平安時代の人の平均寿命はそれほど短かったのでしょうか?

 

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平安時代の男女別の平均寿命寿命

当時、日本人の平気寿命(主に貴族)は男性が「33歳」、女性が「27歳」くらいだったと言われています。

 

つまり、平安時代の人々は、現代人の役半分しか生きられなかったことになります。

 

そこにはさまざまな要因がありますが、総じて言えることは、当時の人々は「生きること自体が困難だった」ということです。

 

女性の寿命が短い理由

現代とは違い、当時は男性の方が長く生きていることが分かります。

 

これは女性が「栄養失調に陥りやすかったから」というのが原因と考えられているようです。

 

当時は女性が物を食べるという行為自体が「はしたない」ことだと考えられており、身分の高い人ほど食事の摂取をできる限り抑えていたそうです。

 

とはいえ、平安時代の絵巻などを見ると、ふくよかな女性の姿が描かれています。

 

「やっぱり隠れてご飯を食べていたのでは?」とお考えになるかもしれませんが、実はこれ、栄養失調による身体のむくみが原因だと言われています。

 

衣類を着重ねする習慣もあったことから、当時の女性達は決してふくよかだったわけではなく、むしろ痩せ細っていたと言われているのです。

 

かの有名な「紫式部」も、自身の日記に「女性は、はやくみまかるべきものなり」(女性というのは早くに亡くなってしまうものだ)とつづっています。

 

先輩である清少納言の痩せ細った姿を見た際、とても哀れに感じたため言葉に残したと言われています。

 

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そもそもなぜ平均寿命が短いのか?

平安時代の人々の主な「三大死因」は、「結核」、「脚気」、「皮膚病」だったと言われています。

 

皮膚病はともかく、結核と脚気は当時の食文化が強く影響しており、これらの病は上記で紹介した「栄養失調」が原因で発症します。

 

具体的には、宗教上の理由で「肉類」を殆ど食べないため、必然的にタンパク質が不足していたからです。

 

平安時代の庶民の主食はヒエやアワであり、貴族は餅米等でした。

 

そのため、「身分に関わらず」結核あるいは脚気の発症率が高かったのです。

 

皮膚病に関しては、当時の人々は「入浴」の習慣がほとんどなかったため、身体に溜まった「垢」が原因で発症しました。

 

庶民はもちろん、貴族も皮膚病が悪化し、命を落としたと言われています。

 

三大死因には入っていませんが、「伝染病」も当時の人々にとっては脅威でした。

 

貴族を含むほとんどの人が栄養失調気味だったため、病気に対する免疫も低く、誰もが感染しやすい状態になっていたのです。

 

平安時代は「乳児死亡率」が高かった

平安時代の平均寿命が短かかったもうひとつの理由として、「乳児死亡率が高かった」ということも挙げられます。

 

男性が33歳、女性が27歳という数字になっているのも、乳児死亡率がとても高かったため、結果的に平均寿命が短くなっているのです。

 

とはいえ、当時は長生きできないのがあたりまえだったため、40歳を過ぎると周りからは「老人」として扱われました。

 

また、60歳を過ぎた人は全体の「5%程度」しかいなかったとも言われています。

 

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